2月15日放送のドクターG『3大スペシャル「脳卒中」』の回ご覧になられましたか?
今回の患者は、和服の仕立ての仕事をしている53歳の女性。年齢は我が家とほぼ同世代…
娘が朝8時半に出かけてから、夕方帰ってくるまでの間に脳卒中で倒れ、娘の帰宅後救急車で
病院へ…。患者を救うには倒れた正確な時刻が重要になりますが、それが分からないという
のが今回の症例。
今回のドクターGは、総合病院国保旭中央病院 塩尻先生。これまでも何度も登場している
素晴らしい先生です。病名は「心原性脳塞栓症」で脳梗塞のひとつ。心臓でできた比較的
大きな血栓が、脳の太い血管に詰まることで、その先の脳の組織への血流が滞り、半身の
麻痺、失語、共同偏視(きょうどうへんし:両目が左右のどちらかに向いたままになる)
などの症状が起きます。
治療は、カテーテル器具を使って血栓を掻き出し、血管のつまりを無くす方法や、薬(t-PA)
で血栓を溶かす方法などが考えられていました。t-PAで血栓を溶かす処置は、最終未発症
時間(本人の申告や、元気な状態が家族などに目撃された時間)から4時間半以内に行う
必要があるそうで、倒れた時間が正確につかめないという状態でしたが、娘さんの証言や、
MRI検査の画像診断によって、脳の組織の状態を総合的に判断し、血栓を溶かす薬(t-PA)を
使いました。
無事、脳細胞の壊死が進む前に薬によって血栓を解かすことができた為、右手以外には殆ど
後遺症が出ないという事で、患者は喜んで帰宅しました。ところが、リハビリをしても一向に
右手の状態に進展がなかった事で、仕立ての仕事で生計を立てていたお母さんはふさぎ込んで
しまいます。実際、ご主人を失くし、女手一つで育ててきたならどんなに辛かったでしょうか…
今回は、そうした右手に後遺症が残った患者さんに対して、どんな支えが必要かという
珍しい質問がされました。これまでにないパターンです。それに対して3人の研修医は、
患者に寄り添って、支えていく事の大切さ、『家族の支え』『上手く使えない所に落ち込む
のではなくて、使える部分を活かす事の大切さ』を話していました。
今回は塩尻先生の実の父親での体験談も入って、心に訴えるものの多い回となりました。
医学の進歩に感謝するのと同時に、患者に向かう医者の姿勢の大切さも再確認できました。
3人の研修医の思いやりを聞いて嬉しく思いましたし、患者に寄り添う気持ちを経験豊富な
お医者さんにも忘れずにいて貰いたいとつくづく感じたのでありました。
2月7日放送のガイアの夜明け『消えゆく“伝統工芸”の逆襲!』ご覧になられましたか?
創業150年、京都にある和傘店「日吉屋」が今回の仕掛人のお店。5代目の西堀さんは、
年商が160万円にまで落ち込み廃業寸前だったこの店を、和傘の仕組みを応用した照明
機器をデザイナーと開発したことで、海外市場で見事ヒットさせ立て直したのです。
現在、売り上げはグループ5社で2億円にのぼるそうです。
そんな経験を持つ西堀さんが始めたのは、経験から得たノウハウを、かつての自分と同じ
ように悩んでいる人たちに伝授していくこと。そして、京都市、フランスのパリ市と組み、
ある事業をスタートさせたのです。それは、「日本の職人+フランス人デザイナー+
フランス人バイヤー」による商品開発。
昨年5月、京友禅や、仏壇・仏具の製造販売、清水焼の窯元など、参加する10社が決まり
ました。いずれも京都が誇る伝統産業ですが、市場が落ち込んでいます。目指すは、
1月にパリで開かれる国際見本市への出展。しかし、デザイナーとバイヤーの注文は
厳しく、伝統としてこだわってきた部分であろうと御構い無しです。「欧米で売れる
もの」を追求した結果、従来のやり方を否定してくることもあるのです。
仏壇・仏具の製造販売をする漆職人の仕上がりを見て、『滑らか過ぎてプラスチック
の様に見えたしまうから、もっと荒く仕上げて…』清水焼の窯元の深みのある赤をさして
『フランスでは、この色を肉の血の色と捉えるから好まれない…』など…。そんな普通
だったら、『ふざけるな!』と怒って交渉決裂になってもおかしくないところ・・・
国を越えた共同作業は価値観の違いを乗り越え、見事に全く新しい作品に結びついて
行ったのです。
従来の形にとらわれない産業が、様々な仲介者を得て、全く新しい展開を見せていく…
これからも似た様なことは、様々な分野で展開し、また意外な形で花開いていくので
しょうね。日本の職人さん、才能あふれる人たち、努力を惜しまない人たち…頑張れ!
1月12日放送のカンブリア宮殿「ブラックからホワイトへ!"働き方革命"最前線」ご覧に
なられましたか?
長時間残業が当たり前だったITシステム業界でありながら"ホワイト企業"へと驚きの大変身を
遂げた情報システム会社で業界第5位の業績をあげているSCSK株式会社。改革を指揮した
中井戸社長は、「従業員を犠牲にして利益を出しても一流企業とは言えない。自分の息子や娘を
入れたいと思うか、が基準だ」と信念を語っていました。
深刻な残業問題を抱えるITシステム業界。過重労働で心身を害する従業員が後を絶ちません。
SCSKも長く残業体質にあったそうですが、2011年、当時社長に就任した中井戸さんが大胆な
改革に乗り出したのです。「残業を減らせば残業を出す」という逆転の発想で、見事半減に
成功。社員全員に有給休暇の完全取得(年20日間)も達成させました。社員の家族には中井戸
社長自らが手紙を送り、「一流の会社になるためには社員の健康が欠かせないこと」と訴えた
そうです。一方で、「働く時間が減れば、当然売り上げも減る」という懸念を払拭するような
結果も現れ、6期連続で増収増益を続けているそうです。
中井戸社長の前職は住友商事元副社長。総合商社と言えば“モーレツ社員”が代名詞でしたが、
中井戸社長は定時に帰る異端児。やがてドイツや米・シリコンバレーに赴任し、生産性の高い
働き方を目の当たりにしました。そんな中井戸社長が残業削減に着手する前に手がけたことは、
健康環境の整備。豪華な食堂を新設し、専門医がいるクリニック・薬局を開設、さらにはマッ
サージルームをつくって、マッサージを受けている時間も勤務時間にカウントさせたのです。
「健康であることがいかに高い生産性を生むか」…中井戸社長の信念がそこにあります。その
証として、『健康わくわくマイレージ』なるものがあって、毎日の健康チェックが評価されると、
それがボーナスに反映されるようになっているのです。社長の金言が『心に触れる“従業員
ファースト”経営』であることが嘘ではないことがよく分かります。残業減らすとボーナス
12万円増もさる事ながら、残業しない日を指定させたり、会議は立って行う事で長時間行わ
ないようにしたり、金曜日を午後3時退社にしたり、どれだけ従業員ファーストな会社なの
でしょうか…。
村上龍さんは編集後記で以下のように話されていました。
「働き方」が、トピックスになっている。政府は「働き方改革実現会議」を発足させた。
信じられないような、長時間の残業で、心身を病む人、自殺者も出て、社会的な危機感が、
生まれている。今、残業は、生産性低下など、諸悪の根源のように言われているが、かつては
常識であり、美徳でもあった。「残業」は、文化的な問題でもある。「身を粉にして働き、
自らを犠牲にして組織に尽くす」いまだに美談だ。だから、残業を減らすのは、むずかしい。
重要なのは、忠誠心の利用・依存から抜け出し、「個別の信頼」を、築くことかもしれない。
今週2月24日、初めてのプレミアムフライデーを迎えます。電通の問題もつい最近の話ですが、
果たして、どれほどの企業が実施できるのでしょうか。お昼休みも夜遅くも、土日であろうと
対応を迫られる事の多い中小企業は、受けなければ仕事がなくなるのではという弱い立場の
企業も数多くあります。まずは大手企業や学校も含めた官公庁に定着していくことが必須なの
かもしれません。とりあえずは、初回となるプレミアムフライデー…どうなることやら…
1月31日のガイアの夜明け『家電で“究極の味”をつくる!』ご覧になられましたか?
最近の日本の家電メーカーは、すっかり元気がなくなったと囁かれていますが、そんな
中、斬新な発想や機能を備えた家電を生み出している会社もありますよね。 分かり
やすく言えば昔のSONY、今で言えばダイソンのような会社。
まず紹介されたのは新興家電メーカーの「バルミューダ」。社長の寺尾玄さんが
「常識を信じない」という考えがあるからか、他社と全く違うアプローチで商品が
開発されていきます。
バルミューダと言えば、これまで扇風機を始め、革新的な家電を世に送り出して
きました。最近では価格が2万円を超えながらも大ヒットした『オーブントー
スター』。水蒸気を発生させることでパンをモチモチに焼き上げ、このジャンルに
新たな価値を加えています。
そんなバルミューダの今回の主役は『炊飯器』。テーマは「美味しいご飯は“ふっくら
やわらか”」を疑うこと。日本人は古来より様々な炊き方でご飯を食べてきましたが、
電熱(IH)で炊くという“常識を疑って”基礎研究から始め、蒸すことで米の形を壊さず、
旨味も閉じ込めたまま炊き上げてみせたのです。うーん、水蒸気付きのトーストも、
蒸すタイプのご飯も食べてみたいですよねぇ。
もう1つ取り上げられた会社はインテリアや雑貨、衣料品などで人気の高い無印良品。
家電メーカーではありませんよね。最近では家具や住宅まで、ジャンルを超えた
商品展開をしているようですが、更に力を入れているのが家電なんだとか。「本当に
必要とされる機能と形を追求する家電」を目標にコーヒーメーカーに着手したらしい
のです。
作るなら高級喫茶のマスターが淹れる味を再現する…。そのためには、プロ仕様に
迫る豆の挽き方。湯の温度、湯の注ぎ方、という3つの課題をクリアしなければ
ならないと…。バリスタ殺しですよね。
そんな「究極のバリスタの味」を実現していくのが2番目の家電メーカー、ツイン
バード工業。大手が手を出せない隙間を狙って地味な商品をヒットさせ続けている
会社ですが、そんなバリスタ殺しのコーヒーメーカーも、見事に仕上がって、
なんと先日2月16日の発売だとか。もう店頭に並んでいるのかもしれませんが、
プロが認める味を作り出せるようになっているとかで、是非、こちらも試飲して
みたいものです。
お金があれば、みんな買いたいところなんですが、そうもいかないのがサラリーマンの
切ないところですねぇ…。あぁ、でも、マジで食べたい・・・飲んでみたい・・・
昨年の12月25日『第1集 極限の地のサバイバル』、今年の1月29日『第2集 激変の大地に
生きる』とシリーズで放送されてきたNHKスペシャル『プラネットアースII』。とても
楽しみにしているシリーズですが、第3集がいよいよ今度の2月19日日曜日に放送されます。
極上の映像で描いた大型自然ドキュメンタリー「プラネットアース」(2006年放送)は
NHKとBBCが国際共同制作し、大きな反響を呼びましたが、あれから10年。待ちに待った
IIが放送されはじめています。
前シリーズの「天空からの目線」に加え、ドローンや超小型防震雲台を駆使し「生き物の
目線」で、全く違った世界が広がっていきます。その映像の美しさは前回よりも更に進化
した美しいもので、1・2回と圧巻でした!
『第3集新天地への挑戦』では、南極海の絶海の孤島、サヴォドフスキーや、あの進化論
の島として知られるガラパゴスをはじめとして、とうとう新たな新天地まで踏み込んで
いきます…。それは地球上で今、急速に拡大を続ける環境、『都市』です。
ニューヨークの摩天楼を断崖のかわりにして獲物を待ち伏せするハヤブサ…。インドの
ムンバイでは、夜な夜なヒョウが現れるそうです。生き物たちは驚くほどの適応力を見せ
ているようで、とても楽しみです。皆さんも是非録画などして見逃しませんように!
今日は、いつもの見た感想ではなくて、珍しく放送前の宣伝に終わります・・・
別にNHKからは、何もいただいていませんが・・・(^ ^;)
先日放送された『アスリートの魂』、「東京五輪へぶっちぎる 卓球・平野美宇」の回、
ご覧になられましたか?史上最年少の16歳で卓球の全日本選手権優勝をはたした平野美宇
選手。幼い頃から同い年の伊藤美誠選手とともに注目を集めてきましたが、リオデジャネ
イロオリンピックでは日本代表に落選し、現地に同行しながら試合ができなかったのが
『生きてる中で一番悔しかった』と話していました…。
オリンピックを終えて間も無く、平野選手は武者修行の為、中国のスーパーリーグに参戦
します。スーパーリーグとは中国が誇る世界最高峰のプロ卓球リーグ。リオオリンピック
での悔しさを胸に中国へ渡った平野選手は、卓球のスタイルを1から変える決断をしていま
した。
東京オリンピックで勝つために、守備的スタイルから攻撃的スタイルへの変更を目指したの
です。相手のミスを待つ守備的スタイルだったので、ともすると手打ちになりがちだった
打ち方でしたが、下半身を使って打てるようフォームを改造し、筋力強化に取り組んだの
です。16歳とはいえ、さすが本物のアスリートです。
平野選手は中国各地でスーパーリーグの試合に出場。リオ五輪金メダリストの丁寧選手や
フフホトで団体金メダルの劉詩ブン選手と対戦しますが、高速バックハンドのスピードに
ついていけず、レベルの違いを思い知らされます。
平野選手が卓球を始めたのは3歳のとき。福原愛選手を目指して練習に励んだそうです。
本当に幼い頃の映像も流されましたが、球を返せなかった時に倒れ伏して泣き叫びながら
悔しがる姿は、福原選手を思い出させるものがありました。悔しさをバネに小学1年生全日本
選手権バンビの部では初優勝。愛ちゃん2世として注目されるようになっていったのです。
2016年の全日本選手権決勝、平野選手は石川佳純選手の高速バックハンドに苦しめられ、
速いラリーについていけず完敗。打倒石川に向けて、平野選手は高速バックハンドを練習
していました。今年の全日本選手権決勝には過去最多の6,100人が詰めかけました。相手は
去年と同じ石川選手。平野選手はこれまで石川選手に一度も勝ったことがなかったのです。
全日本選手権決勝。平野選手は序盤で石川を圧倒。スーパーリーグを経験したことで、日本
選手のボールが遅く感じるようになったと話していました。プロ野球ではボールが止まって
見えたと話した人が居ましたが、違う次元に入った証なのですね。結果、ゲームカウント
4-2で勝利し、見事史上最年少で日本一に。
石川選手は「正直何が起こったかわからない感じで試合が終わった」とコメント。平野選手の
目覚ましい成長ぶりに驚きを隠せなかったようです。そんな平野選手は、優勝から2日後、
練習を再開。東京オリンピックに向けて、「団体と個人戦両方で金メダルを取りたい」と
話していました。頼もしい限りです。
最近は東京オリンピックに向けて、中学生のバトミントン選手をはじめ、期待される選手が
多く取り上げられていますが、期待に押しつぶされる事なく、実力が発揮できますように
祈るばかりです。それにしても、若い世代、力を持った選手が沢山いて楽しみです。東京
オリンピックへの熱も次第に高まっていくのでしょうねぇ・・・。
またまたテレビ番組の話ですが、第二次大戦直後のドイツで悪魔の伝染病と言われる発疹
チフスとの闘いに力を尽くし、若くしてこの世を去った医師・肥沼信次のお話…「ドイツが
愛した日本人~佐々木蔵之介が巡る、ある医師の物語~」という番組が。今月5日放送され
ました。
第二次世界大戦前夜の1937年、アインシュタインに憧れ放射線医学の研究者を志しドイツへ
渡り、29歳で名門・フンボルト大学への留学を果たした肥沼さん。ナチスドイツの独裁が
進むドイツで懸命に学んだ肥沼さんは、功績を認められアジア人初の教授資格を得るところ
まで来ましたが、第二次世界大戦の戦況が悪化して“アジア人初の教授資格獲得”という栄誉も
戦争の混乱の中に消えてしまいました。
大使館から帰国指示が出るなかでドイツに残ることを決断した肥沼さんは、ベルリンを離れ
ドイツ北東部、ポーランドとの国境に近い古都・ブリーツェンへ行きます。当時のブリー
ツェンでは発信チフスが猛威を振るっており、十分な薬もないなかで肥沼さんはチフスに
苦しむ人々の治療にあたり続けました。寝る時間も惜しみ、自宅に帰る時間すら惜しんで、
自らがチフスに感染し亡くなる2日前まで全力で人々を救おうと努力していたのです…。
ブリーツェンの学校を尋ねた佐々木さんは、肥沼さんに祖父の命を救って貰ったという少年、
ルイスに出会います。ルイスの祖父は5歳のときに肥沼さんにチフスを治してもらったのです。
そんなルイス君は、学校の授業でヒーローについて書きなさいと言われて、迷わず肥沼さんの
ことを書いたと言います。
「だって、肥沼さんは僕にとってお爺ちゃんの命を助けてくれたヒーローだから、先生が
いなかったら、お爺ちゃんも今ここにいないし、僕も生まれていなかった」と話していました。
ブリーツェン市長をはじめ肥沼さんを知る人々との出会いのなかで献身的だった彼の人柄や
医師としての姿などが浮かび上がっていきますが、本当に異国の人間が、なぜ、ここまで
というくらい…涙なくしては見られない壮絶さ・・・。
1986年2月、ついに肥沼さん自らも発疹チフスに感染します。気づいた看護婦が治療薬を
すすめますが、肥沼さんは治療薬を拒み「患者に使うように」と指示していました。死の
床で「故郷に帰って桜をもう一度見たい。2人にも桜を見せてあげたかった」という言葉を
遺して同居していたシュナイダーさんや看護婦に見守られる中、37歳でこの世を去ります。
長らく日本に伝わることがなかった肥沼さんの功績ですが、ブリーツェンの町の人々は
肥沼さんを永遠に忘れないと、お墓を作り、献花を絶やさず、子や孫に代々語り継いで
きました。東日本大震災の時も、支援金を送ってくれるほどでした・・・。
冷戦が終わり、ドイツ統一後の1992年、肥沼さんにブリーツェンの名誉市民の
称号を授与。探し当てた弟の栄治さんから贈られた桜の木が市内に植えられ、その桜は
肥沼さんの墓所にも。激動の時代のなか、日本から遠く離れたドイツの人々の命を救い
続けた肥沼さんの生き様は、勇気と誇りと感動を与えてくれました。
とても良い番組でしたので、きっと再放送されるものと思っています。
その時は是非、ご覧ください。本当に素晴らしい人でした・・・
2月2日放送のカンブリア宮殿『NPO法人Table for two 』はご覧になられましたか?また
とっても素敵な団体のご紹介です。
世界人口の約70億人のうち、開発途上国では約10億人が食糧不足で飢餓に苦しむと言われ
ていますが、一方では、先進国を中心に約20億人が過食による肥満や生活習慣病を抱えて
いるとも言われています。恥ずかしながら私も過食による肥満で、その為に医療費も
かさんでいるという情けない状態…。
この"飢餓"と"肥満"の不均衡を解決するために立ち上がったのが、NPO法人のTABLE
FOR TWO、略してTFT。このTFTの仕組みはとってもシンプルで、社員食堂や学食
などで、低カロリーのヘルシー料理を作ってもらい、その代金のうち20円を開発途上国の
学校給食(1食20円)の支援に充てるとういもの。1食20円の金額から1食の給食が支給
という分かりやすさと、金額からして20円と安いので、協力しやすいものになっています。
そんな事もあってか、2007年に始まったTFTの仕組みを導入する団体は年々増え続け、
現在では650団体になっているそうです。その寄付金をもとに、この9年間で海外
8カ国に4,300万食の給食を提供してきたとの事。
一例として寄付を受けているケニアの様子が放送されていましたが、貧しいために朝晩
食べられずに学校に来る子がかなりいて、給食は、朝昼の2回支給。学校に来れば朝昼と
給食が食べられるので、給食が就学率をも高めて、もともと四割だった就学率が八割に
増加したそうです。
貧困層が給食をきっかけに学校でしっかり勉強できるようになり、そうなれば得られた
知識で豊かな将来作っていく事も可能になるかも知れません。わずか20円の寄付が、
こんなにも大きな力となって役立てられるのですから、そりゃ賛同する人も多い訳です。
今、TFTメニューは大学の学食にも広がりを見せているそうで、その数、全国で120校に
及び、さらにTFTの活動を後押しする2,000人の学生ボランティアも生まれている
そうです。学生たちは寄付を集めるために独自のアイディアも実行しており、一例
として挙げられたのは、学生が参加するフットサル大会で、得点した数だけ寄付金を
出すというもの。楽しみながら社会貢献できるというもので、学生たちによる地道な
草の根運動も、少しずつすそ野を広げているとのこと。
番組の中でも触れられていましたが、どうしてもNPO法人というと利益を上げてはいけ
ない団体の様に見られてしまいますが、そこで働く人たちや支援する人を支えて行く為
には、寄付以外に必要なお金を稼ぎだすことも大切なこと。今後も導入される企業や
学校が増えていくものと思いますが、受け身ではなくて、積極的に導入していきたいもの
ですね。
この『運命の日』という番組は、新しいステージへ挑戦し続ける人々の運命の日を追い
2回にわたって放送されるカウントダウン・ドキュメンタリー番組ですが、今回は氷の
彫刻展。北海道の雪まつりは知っていましたが、東京の…それも…明治神宮でこのような
大会が毎年行われていたとは全く知りませんでした。
東京・原宿に鎮座する明治神宮。初詣には毎年多くの参拝者が訪れ、幅が広く長い参道が
人で埋まると、よくもこんなに大勢が集まったものだと思ってしまいます。
そんな明治神宮で行われるのが「明治神宮奉納 冬季全国氷彫刻展」…要綱は…
第40回 明治神宮奉納 冬季全国氷彫刻展
主催:全日本氷彫創美会
場所:明治神宮 境内表参道第二鳥居より本殿前
日時:2016年1月9日(土)16:00 開会式 16:30 制作開始
1月10日(日)5:30 制作完了 7:00 審査開始 10:00 表彰式
展示期間:2016年1月10日(日)~11日(月)
■競技規定
制作方法:1名で制作
制作時間:13時間
使用氷:135kg×5本
作品規模:2m(横)×2.3m(高)×1m(奥)パレット2枚
採点方法:NICA審査基準に準ずる
■参加規定
参加資格:全日本氷彫創美会に登録、平成27年度会費が納入済みであること(申込時登録可)
募集人数:40名(申込順)
出展参加費:会員 ¥10,000(申込時納入)、一般 ¥13,000
全国から氷のプロが集まり、氷の美を競う祭典です。
今回の主人公は、昨年3位・一昨年2位だったベテランで、今度こそ優勝を掴みたい
という木村さんと、2015年のスイーツの世界大会で氷彫刻を担当し、みごと準優勝に
輝いた実績をもつ、杉田さんの2人。1月の寒空の下、夜を徹して、12時間かけて行わ
れる過酷な大会ですが、真夜中の作業とは思えないほどの熱気でいっぱいでした。
大会に長年出続け、いまだ優勝を手にしたことがないベテランの木村さんは、今度こそ
優勝をと、いつにも増して作品のハードルを上げています。一方、スイーツの世界大会、
クープ・デュ・モンド2015で氷彫刻を担当し、準優勝に輝いた実績をもつ杉田さんは、
お店のオープンを控えて、〈最後の挑戦〉と万全の体制で大会に臨んでいました。
結果は、残念ながら氷彫刻を仕事にしている前年優勝者が3連覇で勝利を手にしていました。
木村さんは素晴らしい出来でしたが今回も2位。杉田さんは、まさかの14位で、引退を
撤回し、悔しさから再チャレンジを誓っていました。
北海道の雪の祭典は、なかなか見に行くことが難しいけれど、明治神宮で行われる彫刻展
なら何とかなりそうです。来年は事前に予定を確認して、ぜひ見に行きたいと思ったの
でした。
2月4日BS日テレ放送の『アスリートの輝石』大久保嘉人選手の回、ご覧になられ
ましたか? J1歴代最多の171ゴールを誇るストライカー、大久保嘉人選手は、
今シーズンからFC東京に移籍し、新たな挑戦を始めています。
実は大久保選手、1つのチームに長くいる事を良しとせず、常に自分に緊張感を
与えて切磋琢磨し続け、更に上を目指したいと思っているとのこと。ちなみに、
2001-2006 セレッソ大阪、2005-2006 RCDマヨルカ、2007-2009・ ヴィッセル神戸、
2009 ヴォルフスブルク、2009-201 ヴィッセル神戸、2013-2016 川崎フロンターレ、
そして今年2017からは FC東京へと移籍しています。
声や表情からは、どうしてもイカツイ感じがしてしまうので、新天地に入ると、
チームに溶け込むための努力もしっかりしているようで、年の離れた若手選手と
写メを撮ったり、若手に負けずに走り込んだりと、今年はFC東京から目が離せ
なくなりそうです。
日本最強とも評されるストライカー。フォワードとしてマルチな能力を有する他、
ボランチやサイドハーフとしても高い能力を持つオールラウンドプレイヤーです。
戦術練習でトップ下、右MF、左MF、ボランチを試され、川崎の風間監督からは
「どこをやっても一番うまい」と評されているようです。2013年からは御存知
前人未到の3年連続得点王を獲得しています。
とにかくよく動いて、チャンスがあれば積極的にシュートを狙う大久保選手は、
私の1番お気に入りの選手で、これまで2度しかワールドカップに出場できず、
個性もあまり活かせなかったのが残念ではありますが、自身のサッカーだけ
に終わらせず・・・
2014年11月、長崎県島原市に児童学習塾を併設し文武両道を基本方針とする
サッカースクール「ベトレーセ」を開校しています。校名はスペイン語を語源
とした造語で「輝ける13番」を意味しており、自身ゆかりの背番号にちなんで
いるようです。この13番へのこだわり、色々想像は出来ますが、私は、彼の心の
強さと関係があるような気がしています。どなたか御存知の方、教えてください。