『明日へ向かって』
まだまだ 見捨てたもんじゃないぜ
そんな自分に 気付く時がある
何か 他人と違った事をやらかしたくて
突破口を探して ここまでやってきた
本気で笑える奴が そばにいるから
本気で語れる 夢もあるはずさ
目をつむれば いつも そこに誰がいる?
俺には かけがえのない いかしたナイス・マイ・フレンズ!
すべては時の流れのせいかい?
堕ちてく影など 消してしまえ
ヒントは お前の足元に 転がってる
明日へ向かって 明日へ向かって
ずっと このまま突っ走って行けばいい
10本の指で 10本の価値あるものを
なぞる必要など どこにもないさ
ダサイ クサイは 誰のための言葉?
肝心な事は 俺がどうするかって事さ
俺が選んだ 長い階段の途中には
たくさんのもどかしさたちで ひしめきあってた
その一つ一つを 噛み砕いては 吐き捨て
いまだ かつて その答えは ミステリー
すべては時の流れのせいかい?
堕ちてく影など 消してしまえ
ヒントは お前の足元に 転がってる
明日へ向かって 明日へ向かって
ずっと このまま突っ走って行けばいい
長渕剛さんの歌からご紹介させていただきました。この歌は、長渕さんの
コンサートのラストで、よく歌われていた曲ですが、特にこんな歌詞が好きで、
迷ったり落ち込んだりしている時に思い出したりしています…
「10本の指で 10本の価値あるものをなぞる必要など どこにもないさ
ダサイ クサイは 誰のための言葉?肝心な事は 俺がどうするかって事さ」
人と関わっていくのが社会ですから、人に認めてもらうことも大切な事ですが、
人の評価が全てではないし、全てがうまくいく筈もありません。
『どう生きたいか、どうしたいか』それを軸として、前に進んでいるのであれば、
きっと近づけているはず。『未見の我』に…
道
人は 出逢いと別れの中から
生きるすべを 創り上げて
静かに 涙が落ちてゆく時
気がつく 1人の辛さを
幸せは いつも遠すぎる
まわり道ばかり 多くて
これで いいのさと 呟けば
空しさばかりが 鳴り響く
いつか いつか
人を 思いやる気持ちさえも 忘れていた
見えない光を 手さぐりの明日に
見つける愛が あればいい
苦しい人生を 生きぬく姿に
なぜか 人は 胸打たれてゆく
あてのない道ばかりじゃ ないさ
めぐり逢い 暖めて
そして すべてを分かち合えたなら
初めて 人は 生きてゆける
いつか いつか
愛する人の道に たどり着けるまで
いつか いつか
愛する人の道に たどり着けるまで
今日は、鈴木一平という歌手の「北緯43度」というアルバムから「道」という曲の
歌詞をご紹介させていただきました。この曲を聞くと、いつだったか・・・
『いじめ』が原因で不登校となった子供のドキュメントを思い出します。
不登校で大好きな学校に行けなくなってしまった子供に対して、レポーターが
「学校に行きたいか」と尋ねた時、何も言葉を発しなかった子供…。
望んだところで、行けるわけもないことを知っていたから…。それでも、
クラスの学級委員の子に誘われて久々に大好きな学校に行って・・・
『どうか?』と気持ちを尋ねられた時も…「うれしくない…」と応えていました…。
いじめた側からすれば、ちょっとした遊びだったのかも知れませんが、
いじめられた側にとっては、本当に深い深い傷となって残ってしまうのです。
そうした傷の深さが、見ている側の心にさえ、突き刺さるようでした…。
それでも、いつかまた、人を信じられるようになって、支え合って生きて
いくことの喜びを知ってもらいたい…そう願わずにはいられないのでした。
あのトイ・ストーリーやファインディング・ニモを製作したピクサーの
『インサイド・ヘッド』という映画をつい先日、今更ながら・・・見させて
頂きました。
頭の中に存在する5つの感情たち…ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、そして
カナシミが、主人たる人間の感情をコントロールしていくというお話。主人公の
誕生や成長と共に生まれた彼らが、彼女を守り幸せにするために日々奮闘して
いきます。
考えてみれば人間は小さな細胞の集まりで、その集まりに動かされている
ロボットのようなもの・・・。そんな事を改めて自覚させてくれ、何とも
超現実的で複雑な感情もわきながら、面白く見させて頂きました。
主人公を悲しませることしかできない「カナシミ」の存在が、見ていくうちに
『要らない存在』に見えてきて、ヨロコビがカナシミを置き去りにしてしまう
シーンなんぞは、そうだそうだと思ってしまう大人気ない私…。
第88回アカデミー賞、第43回アニー賞、第73回ゴールデングローブ賞他数多くの
タイトルを手にした同映画は、大人でも楽しめる娯楽作品となっていました。
そう言えば、お邪魔だと思っていたカナシミの役割も後半でしっかり設けられて
おり、必要な感情達の意味も教えられていきます。エンディングでは、それまで
周りにいた人達の脳の中にも進入し、同じように5つの感情達が奮闘していて、
久々に心底笑える娯楽アニメ映画となっていました。
ちなみにカナシミによって流される涙は、ツライ思いを洗い流し、よりヨロコビを
大きくして気持ちを切り替えさせてくれる、そんな大切な役割があったようですね。
そりゃあヨロコビばかりでは、ありがたみも無くなります。
1つのアニメでありながら、考えさせられる事もあり、心に響く作品となりました。
キャンプファイヤー4つの・・・
火の教え1
世に光を・・・
火は、明るさを与える闇夜から足元を照らし進むべき道、人生の道を示します
火は・・・社会に1つの明るさを灯す人となれ
世に光を投げかける人となれ
世の光になれと教えています。
火の教え2
世にあたたかさを・・・
火は寒さから私たちの身を守り、あたたかさを与えてくれます
大切な命を大自然から守ってくれます
あたたかさは同時に、心のゆとり、あたたかさを取り戻してくれます
火は・・・社会にあたたかさを投げかけよ
あたたかい人であれ
人を愛することの尊さを教えています
火の教え3
友情の輪を・・・
キャンプファイヤーは1本の薪ではできません
何本もの薪が相互に支え合っています
1つの火では、弱く暗い
何本もの薪が協力し合うことで炎となり、明るく、強く、温かいものになります
火は・・・仲間の大切さ、友情の大切さ
手を取り合って力を合わせていくことの大切さを示しています
火の教え4
奉仕の心を・・・
火は・・・明るさ、温かさ、友情の大切さを
自らの身を焼き尽くしながら示しています
火は・・・時には、自分を犠牲にしても周囲のことを考え、取り組む必要性を示しています
そのことはまた、自らを生かすことでもあると示しているのです
キャンプファイアーの4つの火の教え・・・
『明るさ』『あたたかさ』『協力』『犠牲心』
そんな教えが込められていたんですね。
足の裏側の気持ち
人間とも随分長い付き合いになるが、昔は良かった・・・
近頃は殆ど直接地面に触れることが無くなったので
破傷風になることこそ減ってきたが・・・
靴というもので覆われるようになって
水虫という臭かったりする嫌な病気に侵されるようになった
狭い靴やかかとにツノのある履物を履かれると、両脇の指が変形するし
足がゆがんで困る・・・おまけに変な歩き方をされるものだから
土踏まずが無くなってきたり、爪が巻き爪になって痛くなってしまう
同じ靴を頻繁に履くご主人をお持ちの方は
「臭くて耐えられない!」と怒っていたよ。
できれば、土や草の上を「素足」の「裸足」で沢山歩きたい
10本の指で、しっかりと地面を掴んで
かかとから指先までの全部を使って歩きたい
今更、足の裏を使って木にぶら下がりたいとまでは思わないが
活き活きとした10本の指たちの姿を返して欲しい
靴だって、裏を見れば、その減り方で、歩き方の狂いを修正できるじゃないか
私だってあなたの一部なんだからもっとしっかり
もっともっと全身を意識して前に進んでおくれよ
私がない人の分まで、しっかり、前を向いて・・・
(詩集「道しるべ」より)
今日6月17日は、砂漠化および干ばつと闘う世界デーです。砂漠化と干ばつの
影響と闘うための国際協力の必要性、および、砂漠化防止条約の実施に対する
認識を高める日との事です。
肝心な事は、『1994年6月17日に「国連砂漠化対処条約」が採択されたことに
伴って、1995年1月30日の国際連合総会の決議により定められた』国際デー
という事。にもかかわらず、地球の砂漠化は殆ど止まっていません。ちなみに、
毎年テーマを設定することが決定されており、近年のテーマのスローガンは
以下の通り…
2014年 - 土地は未来をつなぐもの - 気候変動から守ろう
2013年 - 乾く大地から未来を守れ
2012年 - 健康な土地はあなたの生活を維持します:土壌劣化ゼロを目指そう
2011年 - 森林は乾燥地の働きを助ける
如何ですか?「国連砂漠化対処条約」が結ばれてから、もう20年以上が経過
しているというのに…現状はこうです…
地表の約半分(41%)を占める乾燥地に世界の3人に1人(24億人)が住み、
その半数(12億人)は世界で最も貧しい。
私たちの食料の44%、家畜の50%を乾燥地で生産している。
乾燥地で農業を行なっている人は26億人。
農業を行なっている土地の52%は土壌劣化(砂漠化)が進行。
すでに15億人の人が土壌劣化(砂漠化)の悪影響を受けている。
毎年、干ばつと砂漠化で1200万ヘクタール(日本の国土面積の約3分の1)が
失われ、その結果、毎年2000万トンの穀物が減収している。
熱帯林と亜熱帯林の42%は乾燥した森林。世界の生物多様性の大部分は乾燥
地帯の森林で維持されている。
乾燥地の土地の劣化の原因は、過放牧、過耕作、森林減少、過開拓等が挙げられ
ています。そして、砂漠化が次の砂漠化を引き起こすという悪循環も生じています。
そう言えば、我が家の近くにあった市の森林公園が、いきなり伐採されて住宅地と
されてしまいました。市が保有していたから、まさか住宅地になるなんぞとは
思っていなかったエリアです。そこにいた鳥達は、行き場を探してしばらくは近隣の
家の敷地内にある小さな木々に群れていました…。
家を建てたら『少しの緑と公園』を強要する程度では、とても豊かな自然を守れ
そうもありません。空き家が沢山あるというのにリフォームよりも次の新築へ…
私たちの身近でも砂漠化は進んでいるんですよね…だけど…
それでも、変われない…変わらないのが人の弱さ…哀しさなのでしょうか…
5月27日 アメリカのオバマ大統領が被爆地広島を訪れました。私は広島産まれなので、
来られる前から1つ気になっていた事がありました。それは『謝れ』という謝罪を求める
声が、出ないだろうかという事でした。戦争の悲しさか、被害者は双方におり、日本も
パール・ハーバー等ひどい事をしてきたし、身勝手で恥ずかしい事を言って欲しくないと
思っていたからです。
一国の頂点に立つ人が過半数を超える原爆投下肯定者がいたにもかかわらず訪ねてくれた事、
その事だけでも充分と思っていたからなのです。長時間に及ぶ演説も素晴らしい中身でし
たが、何より広島の平和公園を訪れてくれた事は、大きな意味がありました。核廃絶は
狂信国がいくつもあるだけに難しいと思っています。それでも、こうして行動を起こし、
訴えてくれた事の価値はあると信じています。
望むのは核兵器のない世の中という限定的な事ではなく、戦争のない世の中なのだと
広島の多くの人は思っているはずです。被爆者を抱きしめてくれた時は、大勢の被爆者…
亡くなられた方すべてを大きく包み込まれたようで、温かい気持ちで満たされ、感動で
目頭が熱くなりました。本当に素敵な事をしてくれたし、素敵な方だと思いました。
それでも、もっと驚かされたのは翌日の新聞の記事でした。1時間あっても原爆資料館は
見切れないほど、膨大な資料が展示されています。分かっていても、見ていると重く
悲しい気持ちで覆われてしまうほど。そんな原爆資料館の見学は10分にも満たなかった
という事だけを先に聞いていたので、そこは残念に思っていたのです。ところが、その
僅かな時間の中で、オバマさんが佐々木禎子さんの折り鶴や資料などを見学し、自身も
あらかじめ用意していた4羽の折り鶴を資料館に寄贈したというのです。
この4羽の折り鶴はアメリカのオバマ大統領が自ら折ったもの。広島平和記念資料館
(原爆資料館)を訪門した際、そのうちの2羽を出迎えた小・中学生2人に手渡し、残りの
2羽は、直筆のメッセージに添えてそっと置かれたといいます。メッセージの中身はこうです。
「私たちは戦争の苦しみを経験しました。共に、平和を広め核兵器のない世界を追求する
勇気を持ちましょう」 …まさに目指すのは戦争のない世界。
佐々木禎子さんは、原爆症で12歳で亡くなり、「原爆の子の像」のモデルとして知られて
います。オバマ大統領が自ら事前に折ったもの…つまり、日本を訪れる前に、色々な事を
勉強されていたのです。ただイベントとして訪れたのではなく、来る前の貴重な時間を
使って折り鶴を折られた事に感動しました。資料館の見学は滞在時間が短くとも、本当に
中身の濃いものとなった事でしょう。
被爆国でありながら、軍事力の強化を進めようとする人が多くいるのは、とても残念な
事ですし、オバマ大統領のような気持ちを、そうした人達にも持って欲しいと思ったもの
です。
望むのは、核を使わない、戦争のない平和な世界。
戦争を仕掛ける側にも、受けて立つ側にもならないこと・・・
先日5月22日にNHKで放送された『人生の終い方』をご覧になられた方は、おられますか?
人生の最期に何をするか?誰に何を遺すか?伝えていくか…。つまり人生の“終い方
(しまい方)”をどうするか。そんなテーマで放送されたNHKスペシャルは、『笑点』の
司会を引退したばかりの落語家・桂歌丸さんが進行役を務めていました。
番組の中では、様々な人の終い方が紹介されていました…。
水木しげるさん、声をかける事すら難しい事もあった水木さんは、終末になって笑顔の
写真を残す事で、奥さんの心の支えにしていきました。
団塊世代の父親。 ガンと宣告され、話すことも難しくなった中で、亡くなる直前に
残したものは、3人の家族への感謝の手紙。
末期癌で余命数ヶ月と宣告された35歳の父親、 2人の幼い子供…。子供も病気を知って
おり、子供が卒業式まで、入学式まで…と、生きる力を与えようとします。頑張れよと
言いたいけれど、いざ書こうとすると言葉が浮かんでこない若いお父さん…。考えた末に
お父さんがした事は、残された力を振り絞って家族旅行へ行く事。身体にそんな余裕
などないはずなのに、苦しい顔、辛い顔1つせず、今までで1番楽しかったと笑顔で語り、
立ち向かう事、諦めない事を伝え、その4日後、息を引き取りました。
90歳の母親。伝えたくても伝えられない相手…。66歳の娘は軽度の知的障害者。自分が
いなくなってからのこの子に何を…。泣きながら娘に謝り亡くなっていく母親…。
それでも、母親が経営していた、かつてのお店の常連客が偲ぶ会を設け、残された
66歳の娘を支えてくれました。娘に何も残せなかった母親は、本当は、娘を支えてくれる
『人の和』を残してくれていました。
泣きましたよ。今回のNHKスペシャルは…。亡くなられる前から取材が始まり、
亡くなった人の生前からの映像がドキュメンタリーとして放送される事で、その思いの
強さは痛い程伝わってきました…。長くなりましたが、チーフプロデューサーの
福田さんは、こんな事を言っておられたそうです。
「“死に方(終い方)を考える”ということは、
つまり“生き方を考える”ということなんです」と…。