5月27日 アメリカのオバマ大統領が被爆地広島を訪れました。私は広島産まれなので、
来られる前から1つ気になっていた事がありました。それは『謝れ』という謝罪を求める
声が、出ないだろうかという事でした。戦争の悲しさか、被害者は双方におり、日本も
パール・ハーバー等ひどい事をしてきたし、身勝手で恥ずかしい事を言って欲しくないと
思っていたからです。
一国の頂点に立つ人が過半数を超える原爆投下肯定者がいたにもかかわらず訪ねてくれた事、
その事だけでも充分と思っていたからなのです。長時間に及ぶ演説も素晴らしい中身でし
たが、何より広島の平和公園を訪れてくれた事は、大きな意味がありました。核廃絶は
狂信国がいくつもあるだけに難しいと思っています。それでも、こうして行動を起こし、
訴えてくれた事の価値はあると信じています。
望むのは核兵器のない世の中という限定的な事ではなく、戦争のない世の中なのだと
広島の多くの人は思っているはずです。被爆者を抱きしめてくれた時は、大勢の被爆者…
亡くなられた方すべてを大きく包み込まれたようで、温かい気持ちで満たされ、感動で
目頭が熱くなりました。本当に素敵な事をしてくれたし、素敵な方だと思いました。
それでも、もっと驚かされたのは翌日の新聞の記事でした。1時間あっても原爆資料館は
見切れないほど、膨大な資料が展示されています。分かっていても、見ていると重く
悲しい気持ちで覆われてしまうほど。そんな原爆資料館の見学は10分にも満たなかった
という事だけを先に聞いていたので、そこは残念に思っていたのです。ところが、その
僅かな時間の中で、オバマさんが佐々木禎子さんの折り鶴や資料などを見学し、自身も
あらかじめ用意していた4羽の折り鶴を資料館に寄贈したというのです。
この4羽の折り鶴はアメリカのオバマ大統領が自ら折ったもの。広島平和記念資料館
(原爆資料館)を訪門した際、そのうちの2羽を出迎えた小・中学生2人に手渡し、残りの
2羽は、直筆のメッセージに添えてそっと置かれたといいます。メッセージの中身はこうです。
「私たちは戦争の苦しみを経験しました。共に、平和を広め核兵器のない世界を追求する
勇気を持ちましょう」 …まさに目指すのは戦争のない世界。
佐々木禎子さんは、原爆症で12歳で亡くなり、「原爆の子の像」のモデルとして知られて
います。オバマ大統領が自ら事前に折ったもの…つまり、日本を訪れる前に、色々な事を
勉強されていたのです。ただイベントとして訪れたのではなく、来る前の貴重な時間を
使って折り鶴を折られた事に感動しました。資料館の見学は滞在時間が短くとも、本当に
中身の濃いものとなった事でしょう。
被爆国でありながら、軍事力の強化を進めようとする人が多くいるのは、とても残念な
事ですし、オバマ大統領のような気持ちを、そうした人達にも持って欲しいと思ったもの
です。
望むのは、核を使わない、戦争のない平和な世界。
戦争を仕掛ける側にも、受けて立つ側にもならないこと・・・